大阪地方裁判所 平成11年(ワ)3635号 判決 2000年8月24日
原告
タウ建築設計株式会社
右代表者代表取締役
【A】
右訴訟代理人弁護士
富永俊造
被告
株式会社長谷工コーポレーション
右代表者代表取締役
【B】
右訴訟代理人弁護士
菅生浩三
同
大野康裕
被告
ニチメン株式会社
右代表者代表取締役
【C】
右訴訟代理人弁護士
福村武雄
同
村田勝彦
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告らは、原告に対し、連帯して金一億八八九二万円及びこれに対する平成一一年三月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 争いのない事実等(証拠の引用のない事実は当事者間に争いがない。)
1 当事者
(一) 原告は、建築設計監理を業とする会社である。
(二) 被告株式会社長谷工コーポレーション(以下「被告長谷工」という。)は、建築工事の企画設計監理・工事請負・不動産売買賃貸等を業とする会社である。
(三) 被告ニチメン株式会社(以下「被告ニチメン」という。)は、商社・不動産の売買・賃貸等を業とする会社である。
2 大阪府企業局は、平成九年一二月一日、泉北ニュータウン光明池地区センター業務施設用地<A>(所在地・堺市<以下略>、面積七七六二・四〇平方メートル、以下「本件土地」という。)について分譲要綱(甲一、以下「本件要綱」という。)を公表し、譲渡価格二二億六三五一万五八四〇円で譲受人を募集した。
3 原告企画及び第一回申込み
(一) 原告は、平成一〇年二月一八日、企業五社及び個人二名の七者グループの代表者として、大阪府に本件土地の分譲申込みを行い、添付書類として、原告作成にかかる事業計画書・経営計画書、基本設計図書(甲二の1、以下「原告企画書」)を提出した。
(二) 大阪府は、同年三月二六日、原告ら七者グループを本件土地の分譲先に決定したが、原告ら七者グループは、事業主体の資金不足から、同年六月一八日、大阪府に辞退届を提出した(甲三、四)。
(三) このため、大阪府は、同月二四日、大阪府公報において、改めて本件土地の分譲(随時)の公告を行い、同日から平成一一年三月三一日までの間、先着順に分譲申込みを受け付け、受付順に順次選考の上分譲先を決定することとした(甲一四)。
4 原告改良企画
原告は、前記3、(二)の辞退届提出後も、次の事業主体を探していたが、平成一〇年六月中旬ころ、多田建設株式会社(以下「多田建設」という。)大阪支店長から、大和銀行本店不動産部次長を紹介され、その紹介で、被告長谷工大阪支店不動産営業部担当者らと会合を持った(甲八の1、二五、三九)。その際、原告は、被告長谷工側から、事業主体としてニチモ株式会社(以下「ニチモ」という。)を紹介するとの提案を受け、被告長谷工に対し、原告企画書に改良を加えた平成一〇年四月二〇日付け設計計画書(甲五の1・2、以下「原告改良企画書」という。)を提示した。
5 原告は、平成一〇年六月二四日、大阪府に対し、原告をグループ代表企業、ニチモを他の構成企業として、再び本件土地の分譲申込みを行ったが(以下「第二次申込み」という。)、申込書にニチモの代表者印がなかったことから、同年七月六日までに申込書を補正する旨の確約書を大阪府に提出した。しかし、ニチモが事業主体となることを断り、右期日までに補正ができなかったため、大阪府は、同月一〇日、原告に対し、申込資格不適格通知をした(甲六の1・2、七、二六)。
6 被告長谷工は、平成一〇年七月一四日、大阪府に対し、同被告の単独名義で本件土地の分譲申込みをしたところ、原告は、同月一六日付けで、被告長谷工代表取締役社長宛に抗議書を送付し、同被告の申込みが原告の企画・設計の盗用及び著作権侵害に当たると主張するとともに、原告が同被告に提供した図面図書類の返却を要求した(甲八の1、九の1、二五)。
7 被告長谷工は、平成一〇年一一月五日、前記6の分譲申込みを取り下げ、同日、被告ニチメンが、大阪府に対し、被告長谷工作成にかかる事業計画書・経営計画書及び基本設計図書等(乙一、以下「被告計画書」という。)を添付して本件土地の分譲申込みをした。
8 大阪府は、平成一〇年一二月一一日、本件土地の譲受人に被告ニチメンを指定する旨の決定を行い、平成一一年二月二六日、被告ニチメンとの間で本件土地の分譲契約を締結した(甲二六)。被告ニチメンは、被告長谷工に、本件土地上の建造物の建築請負工事を発注し、右建築工事に着手した。
二 原告は、被告長谷工に対しては、①原告企画書及び原告改良企画書を複製して被告計画書を作成し、原告の著作権を侵害したという不法行為、又は、②平成一〇年六月二三日に原告、被告長谷工、大和銀行及び多田建設の四社間で成立した契約(以下「四社間合意」という。)に反し、本件土地上の事業から原告を排除して被告ニチメンから分譲申込書類作成、設計及び建築を請け負ったという債務不履行があると主張し、被告ニチメンに対しては、被告計画書が原告の著作権を侵害するものであることを知りながら、これを添付書類として平成一〇年一一月五日の分譲申込みをしたという不法行為があると主張して、被告らに対し、前記第一記載の損害賠償請求をした。
三 争点
1 著作権侵害
(一) 原告企画書及び原告改良企画書には、著作物性があるか。
(1) 建築設計図面(甲二の1、五の1)
(2) 事業計画書・経営計画書(甲二の1)
(3) 「(仮称)ニューシティKOMYO計画」(甲三一)
(二) 仮に、(一)が認められた場合、被告計画書(乙一)は、原告企画書及び原告改良企画書の複製に当たるか。
(三) 被告らは、原告企画書及び原告改良企画書中の建築設計図面に従って、建築物を建築しているものといえるか。
2 四社間合意
(一) 原告、被告長谷工、多田建設及び大和銀行の四社間において、平成一〇年六月二三日、四社間合意が成立したか。また、その内容はいかなるものか。
(二) 被告長谷工は、原告に対し、四社間合意違背の債務不履行責任を負うか。
3 損害額
第三争点に関する当事者の主張
一 争点1(著作権侵害)について
1 同(一)(原告企画書及び原告改良企画書の著作物性)について
【原告の主張】
(一) 建築設計図面
大阪府が本件要綱に基づき平成九年一二月一日行った譲受人募集は、①建物の基本設計、②利用形態としての事業計画、③事業計画の実現性という三点を満たすことを要求された事業コンペであり、原告は、平成一〇年三月二六日、この事業コンペに優勝したことにより、大阪府から本件土地の譲受人として指名された。
原告企画書の建築設計図面は、この事業コンペ(本件要綱に基づく譲受人募集)のため作成された図面であり、第一に右事業コンペの企画を策定し、次に配置、材質、強度、外観等の思想に進んで第一次図面化を行い、第三に採算性、経営戦略、実現性等の思想を加え、第四に企画案の修正を加えた後、第五に構造・間取り等の再チェックをして第二次図面化をするという工程の中で策定されたものであるから、一般住宅の設計図面とは異なり、原告の多くの思想を創作的に図面により表現したものといえる。
また、原告の設計は、建物の全体配置(本棟、駐車場、子供図書館・キッズガーデン・集会室・カルチャーホール等の付帯施設)とデザインにおいて、機能面とアメニティ(人間重視の気持ち良い満足感)の調和を図ったものとして芸術性を有するほか、一階スーパーマーケットの形状・面積、建物の配置が基本的L字型三棟から成ること、付帯施設としてキッズホール、プラザを設置したことなど、事業の選定及び配置に基本的創作性があるから、その建築設計図面は、著作権法一〇条一項六号に規定された著作物といえる。
(二) 事業計画書・経営計画書
本件要綱は、法規制、募集用途(業務施設用地)、施設計画という分譲の条件を定めただけの抽象的なコンペ要領であるため、企業者として、いかなる事業を選定するかについては多数の選択肢があり、選定事業をどう具体化するかについても、スーパーマーケットを例に取っても、面積、店舗の形状、出入口、駐車台数、立地の生かし方などに多くの案が考えられる。このため、設計者に課せられた条件(商業地域、防火地域、建坪率八〇パーセント、容積率四〇〇パーセント、宅地造成等規制地域)を満たす設計は、設計者の思想と個性を尊重すれば、設計者の数以上存在し得るが、事業コンペである本件公募には、分譲地の引渡しの翌日から起算して三年以内に建築物を建築し、事業化しなければならないという制約があり、事業化の成否は、①経営計画が立てられるか、②経営内容が確定して事業化し、③その思想内容を最終的に建築設計図面として具体化できるかという点にかかっていた。
このように、本件要綱に基づく平成九年一二月一日の公募は、設計者側から大阪府に企画を逆提案して新規プロジェクトを立ち上げるものであり、その前提として、建物運用を通じての採算性と、直ちに建築に取りかかることのできる具体性ある企画が存在していなければならなかったのであるから、設計者及び企画者としての能力により作成された事業計画書・経営計画書は、創作的に表現された言語著作物として、著作権法一〇条一項一号に規定された著作物となる。
(三) 「(仮称)ニューシティKOMYO計画」
原告企画書及び原告改良企画書の記載を一部変更した平成一〇年五月二八日付け文書であり、著作権法一〇条一項一号、六号の著作物である。
【被告らの主張】
(一) 建築設計図面
大阪府の譲受人指名は、事業コンペによる優勝を停止条件とするものではなく、選考委員会の選考によるものであり、その選考も、特に秀逸な企画や設計を提出した者を選ぶのではなく、中高層住宅を併設しつつ広く一般的な業務施設を建設し監理運営する資力と能力のある者であれば、風俗営業を行う事業予定者を除いて、譲受人となり得るというものであった。このような分譲要綱を前提とし、かつ事業主体側の収益性を勘案すると、原告の企画設計は、次のとおり、ごくありふれたものである。
(1) 泉北高速鉄道光明池駅前に位置する本件土地上の事業として、大型スーパーマーケットとマンションを組み合わせることは、事業者ならば誰でも容易に考えつくことであり、その際、一階に店舗を配置して上階をマンション住居として設計することも一般的な配置構成である。この場合、住宅用の共用施設を階上の人工地盤上に設けること、駐車場・駐輪場を建築物の地階又は階上に設けることも一般的な構成である。
(2) 本件土地の敷地条件から採光、通風を考えれば、マンション棟が南向きL字型に配置されるのは当然のことである。また、本件土地は、南東角に光明池駅側出入口があり、東側が駅前ロータリーとなっており、南側、西側及び東側には歩行者・自動車専用道路が設けられているのであるから、車両導入路は北側に設けざるを得ない。
そして、これを図面化した原告の建築設計図書も、図面自体に創作的表現がなく、著作物として保護されるべき図面とはいえない。
(二) 事業計画書・経営計画書
原告の事業計画書・経営計画書は、一般的なアイデアを記載したものであって、構成、内容もごくありふれたものであるから、言語の著作物とはいえない。
2 同(二)(被告計画書は原告の著作物の複製に当たるか)について
【原告の主張】
(一) 建築設計図面について
被告らの建築設計図面には、原告企画書及び原告改良企画書中の建築設計図面との間に、次のような類似性があるから、被告長谷工が原告の建築設計図面を複製したことは明らかである。
(1) 建造物の規模が地上一五階、地下一階である。
(2) 敷地南側にL字型三連構造のマンション棟を設けている。
(3) 地下一階の同じ場所に、スーパー利用者用駐輪場、マンション居住者用駐輪場が設けられており、建物東部の同じ位置に電気室・機械室・受水槽が設けられている。
(4) 一階
① スーパーの来客出入口が東側に設置され、入口からプラザを通り、光明池駅コンコーススロープに至っている。また、スーパーの副出入口が建物の南側(マンション入口西)、マンションの入口が南側中央に設置されており、マンションエントランス部がスーパーの売場を効率化するため奥行を狭め、細長の長方形化されている。
② マンション用主エレベータが南棟中央部に設置され、北西部にマンション用非常用エレベータが、プラザ・建築物周囲に植栽が、北側に車路・マンション用ゴミ置場が設置されている。
(5) 二階
二階には、いずれも北側中央に自走式駐車場が設けられており、南棟の東端までがフロア、南棟東端がピロティ構造となっている。また、吹抜・東部には付帯施設(原告企画書では「キッズガーデン」「子供図書館」「カルチャーホール」、原告改良企画書では「プラザ」、被告計画書では「プレイロット」「キッズルーム」「プレイゾーン」)が設けられ、これらの施設は、いずれも住戸に連絡し、施設用のエレベータが設置されている。
(6) 三階
被告設計図書では、三階の東部に集会室、北側中央に自走式駐車場が表示されているが、この集会室は、原告企画書中の建築設計図書三階に表示された「キッズホール」「キッズガーデン」と同じものであり、単に設置位置を変えただけである。
(7) 四~五階 北側中央に、自走式駐車場及び右駐車場と住居棟を結ぶ渡り廊下がある。
(8) 六階
被告らが本件土地上に建築している建物は、六階の一部が自走式駐車場となり、その周囲に「コミュニティルーム(集会室)」「キッズランド」「キッズルーム」「庭園」が設けられているが、これらは、原告企画書中の建築設計図書の二階に表示された「キッズガーデン」「子供図書館」「カルチャーホール(託児所)」、三階に表示された「カルチャーホール」、四階の「多目的プラザ」とほぼ同機能の施設である。
(9) 被告の事業はマンションとスーパーであるのに対し、原告の設計図書には二階テナント部分に業務施設の賃貸部分が表示されていたが、この部分については変更が容易である。
(10) 被告の設計図書は、原告の設計図書と建物のデザインが酷似しており、特に南東立面全体、エレベータ部デザイン及び北面立面図は、原告改良企画のカラーパースと酷似する。
(11) 人と車の流れを描いた動線計画図がほとんど同じである。
(二) 事業計画書・経営計画書について
建築企画に関する事業計画書・経営計画書は、論文同様、学術的な思想を表現するものであり、その複製の有無の判断に当たっては、建築物を構成する各部の比較のみならず、そこに表現された考え方、機能を含めた位置付けを建築物全体にわたって考慮することが必要である。これによれば、被告らの事業計画書・経営計画書のうち、原告企画書中の事業計画書・経営計画書の複製に当たる部分は、次のとおりである。
(1) 被告の事業は、原告の事業と同じくマンションと店舗賃貸事業に特化し、その住戸個数、建築面積、高さ、店舗面積は、原告らの企画とほとんど同じである。また、被告らが事業計画書・経営計画書に表示した「スーパー店舗面積五一二五平方メートル」という数字は、原告が出店予定者である株式会社西友(以下「西友」という。)と第二次申込み前に合意していた面積と全く同じであり、このことは、被告らが原告の企画をそのまま使用したことを示すものである。
(2) 被告らの事業計画書には、「2階に住棟フロアから行けるプレイロットを設け、住民のコミュニティの場を確保します。それに面してキッズルームを設置して子育てファミリー層をサポートする。」との記載があるが、これは、原告事業計画書の「キッズガーデンは、1階プラザ、カルチャーセンター、業務施設、マンションを有機的につなぐ役割・・緑に囲まれたフロアは市民の憩いの場・・親子のふれあいの場」と同機能である。また、被告事業計画書の「プレイロット」は、原告企画書の「キッズガーデン」と同じものであり、被告の「キッズルーム」に設置された「子育てファミリーサポート」は、原告企画書の「託児所」と同じものである。
(3) 被告の事業計画は、①南向きL型に住棟を配置し、一階にプラザを設置したこと、②植栽の設置、歩行者と自動車動線の分離、③マンション用駐車場とスーパー用駐車場のエリア・出入口の分離などの表現が、原告の事業計画書・経営計画書に類似し、そこに表現された考え方、機能は基本的に同一である。
【被告らの主張】
(一) 建築設計図面
(1) 被告らの建築設計図面には、原告企画書中の建築設計図面二階に表示されていた「業務テナントフロアー」がなく、子供図書館、キッズガーデン、カルチャーセンター、プラザも存在しない。これらの相違点を考慮すると、被告らの建築設計図面は、原告の建築設計図面とは全く異なるものであり、原告の建築設計図書の複製とはいえない。
(2) 被告らの建築設計図面について、原告が複製であると主張する部分は、本件土地に業務施設と中高層住宅の複合建物を建築する場合に誰もが考えることであり、かかる部分の同一性をもって、建築設計図面が複製であるとはいえない。
① 本件土地は、南東に菱形の端を有しており、かかる立地条件を考慮して常識的に判断すれば、住戸棟は南側及び西側にL字型に配置せざるを得ない。
② 本件土地には、敷地内に建物と併設して駐車場を確保するだけの余剰土地がなく、一階スーパー屋上にスーパー来客用駐車場を配置し、その上にマンション用駐車場を配置することは常識的設計であり、南向きL字型に配置した住戸棟の北側部分を駐車場棟とすることも、日照及び採光の点からみて常識的設計である。
③ 人の居住場所であるマンション棟と駐車場棟を分離して建築すること、駐車場棟とマンション棟を渡り廊下で結んで人の交通の利便性を図ること、渡り廊下の連結部を上昇下降に最も便利なエレベータ出入口に配置することは、一般合理性があり、誰でも考えつく常識的設計である。
④ 本件土地は、南側(光明池駅側)が高く、北側が低くなっており、南側、西側、東側に歩行者・自転車専用道路が設けられている。このような立地条件によれば、地下一階に駐輪場を配置することは常識的設計であり、地階に設備諸室を設けて一階フロアーの有効に活用することも設計者の常道である。
(二) 事業計画書・経営計画書
原告の事業計画書・経営計画書では、二階部分に文化事業施設を設置することをもって「アメニティ性の高い企画」とし、事業計画及び経営計画を立てているのに対し、被告らの事業計画書・経営計画書では、二階部分を住居として分譲することをもって、事業計画及び経営計画を組み立てているのであるから、被告らの事業計画書・経営計画書が原告の複製でないことは明らかである。
3 同(三)(被告らは、原告の建築設計図書に従って建築物を建築しているか)について
【原告の主張】
被告らは、建築確認手続において建築設計図面を変更し、実施設計図(甲二七)は、事業計画中の建築設計図書と比べて、エレベーター、非常用エレベーター、エントランス配置が原告企画書中の建築設計図書と更に酷似し、概観もそっくりの図面となった。同様に、実施設計図(甲二八)は、キッズルームに図書コーナーが設けられ、屋外キッズガーデン(キッズランド)、カルチャーホール(教室)が新設された上、これらコミュニティルームを独立建物により配置する方式が採用され、原告企画書中の建築設計図書と同企画による同一著作物となっている。これによれば、被告らは、原告企画書中の建築設計図書に従って建築物を建築することにより、これを複製しているものといえる。
【被告らの主張】
被告らが建築している建造物には、駐車場棟屋上の人工地盤(六階)に、キッズルーム、パーティルーム、コミュニティルーム(集会室)、キッズランドが設けられているが、これらの施設は、原告の設計図とは施設、配置階、配置場所、形状、意匠をすべて異にするものである。被告らの「キッズルーム」は、住居棟入居者で組織されるマンション管理組合が自主的に運営する入居者のための施設で、原告の設計図面に表示された子供図書館やカルチャーホールとは異なるものであり、「プレイロット」も、被告らが行政と独自に折衝してマンション管理組合が自主管理する公園として設計した施設であり、原告の建築設計図書には存在しないのであるから、被告らが、原告企画書中の建築設計図書に従って建築物を建築しているとはいえない。
二 争点2(四社間合意)について
【原告の主張】
1 原告、被告長谷工、多田建設及び大和銀行は、平成一〇年六月二三日、原告の事業計画を実現することによって本件土地の分譲開発企画の事業展開を図るため、次のとおり、各四社が有する専門分野を結集して事業化を行う旨の契約(四社間合意)が成立した。
① 原告は設計監理を担当する。
② 被告長谷工は事業主体を探し、工事施工を担当する。
③ 多田建設は工事施工を担当する。
④ 大和銀行は事業主体が必要とする場合に資金融資を行う。
2 被告長谷工は、四社間合意により、原告を含む他三社に対しては、事業主体を探し出した上、右事業主体を加えたグループで本件土地の分譲を受け、建築物を建築して事業を実現する義務があり、原告に対しては、さらに、本件土地に関する事業の企画・設計・監理を請け負わせるべき義務があった。
にもかかわらず、被告長谷工は、四社間合意に反し、自社名義で本件土地の分譲申込みをした上、被告ニチメンから設計・監理・工事施工を独占受注し、前記のとおり、原告の作成した建築設計図面、事業計画書・経営計画書を利用しながら、原告を排除し、原告と多田建設が共同事業として分担受注することになっていた契約を奪ったのであるから、原告に対して債務不履行責任を負う。
【被告らの主張】
会社間で「明確な事業協力の合意」を行うには、共同企業体標準協定書(甲型又は乙型)を締結するのが通常であり、少なくとも約定骨子を明記した「協定書」を締結するが、本件では、原告の主張に沿うような「協定書」類は一切存在せず、念書や参加社が認めた会議議事録すら存在しないのであるから、原告が主張するような四社間合意は存在しない。
また、被告長谷工において「事業協力」を他社と締結するには、協議書の約定内容の慎重な検討、役員らの了承、代表者の意思表示など種々の社内手続が必要であり、これは大手銀行である大和銀行でも同様であるから、担当者の口頭による合意だけで「明確な事業協力」の合意ができるはずはない。しかも、多田建設は更生会社であり、更生管財人の了承なくして「明確な事業協力の合意」はなし得ないのであるから、被告長谷工、大和銀行、多田建設が、原告主張のような契約を締結することはあり得ない。
三 争点3(損害額)について
【原告の主張】
1 設計企画料相当額
被告長谷工がニチモに提出した事業計画表によると、本件の設計監理費は一億七一七五万円となり、原告は、被告らの行為により同額の損害を被った。
2 弁護士費用
本件にかかる弁護士費用は、前記1の金額の一〇パーセントである一七一七万円を下らない。
【被告らの主張】
原告の主張は争う。
第四争点に対する当裁判所の判断
一 争点1(著作権侵害)について
1 同(一)(原告企画書・改良企画書の著作物性)について
著作物とは、思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいうが(著作権法二条一項一号)、「創作的」とは、何らかの知的活動の成果であって、作成者の個性が現れたものであることをいい、厳格な意味で独創性の発揮されたものであることは必要ないが、アイデアそれ自体は著作権法による保護の対象とはならないし、データや事実を機械的に記載したにすぎないもの、誰が作成しても同様の表現となるようなありふれた表現のものは、創作性を欠き、著作権の保護の対象である著作物たり得ないというべきである。
(一) 原告企画書中の建築設計図書は、従前から本件土地の事業化を計画していた原告が、平成一〇年二月一八日付け分譲申込みの添付資料とするため独自に製作したものであり、原告改良企画書中の建築設計図書は、原告が第一次申込みについていったん大阪府に辞退届を提出した後、事業採算性を検討し、当時一階スーパーマーケット部分の出店交渉をしていた西友の意向を取り入れて、原告企画書中の建築設計図書に自ら変更を加えたものであって、作成者の知識と技術を駆使して作成されたものであり(甲二の1、五の1、原告代表者)、いずれも表現に創作性を有するものと認められるから、「地図又は学術的な性質を有する図面、図表その他の図形の著作物」(著作権法一〇条一項六号)に該当するものといえる。
(二) 次に、原告企画書中の事業計画書は、「事業の目的・コンセプト」「事業の内容」「施設計画のコンセプト(施設構成、フロアー構成の考え方等)」「事業展開にあたっての工夫」という項目ごとに、三、四行ないし十数行の文章によって原告の事業計画の特徴を説明した文書のほか、「施設の概要」の数値データ及び「工程スケジュール」からなるものである。右のうち、文章で事業計画を説明した部分は、原告の事業計画のコンセプトや宣伝文句を記載したものであるが、その具体的な文章表現において、叙述の順序や言い回しなどに工夫が見られ、同じアイデアからなる事業計画を別の表現方法を用いて記述することも可能であると解され、作成者の個性が現われたものといえるから、著作物であると認められる。しかし、事業計画書のうち「施設の概要」及び「工程スケジュール」の部分は、単に数値データや工程スケジュールといった事実を記載したものにすぎず、その記載方法において特段の独自性も見られないから、著作物には該当しないものというべきである。
(三) また、原告企画書中の経営計画書は、原告事業の収益性を数値的データを用いて説明したものにすぎず、「(仮称)ニューシティKOMYO計画」(甲三一の1)は、持分容積比率、敷地面積持分の割合、容積対応面積等のデータを表にしたものであるが、これらのデータの構成(区分、配列、形態)にも独自の点が認められないから、いずれも創作性を有しておらず、言語の著作物には該当しないというべきである。
(四) 以上によれば、原告企画書及び原告改良企画書のうち、建築設計図書及び事業計画書の一部については著作物性が認められるが、事業計画書(施設の概要及び工程スケジュール)・経営計画書、「(仮称)ニューシティKOMYO計画」については著作物性は認められない。
2 同(二)(被告計画書は、原告企画書及び原告改良企画書の複製に当たるか)について
(一) 設計図の著作物について著作権侵害の成否を判断するに当たっては、まず、創作的な表現と評価できる作図上の表記の仕方が複製判断の対象とされる設計図と原著作物の間で共通しているか否かを基準としなければならず、原著作物である設計図に具現された企画の内容や、そこから読み取り得るアイデアが共通するからといって著作物としての同一性を肯定することはできない。
しかも、建築設計図は、主として点又は線を使い、これに当業者間で共通に使用される記号、数値等を付加して二次元的に表現する方法により作成された図面であり、極めて技術的・機能的な性格を有する上、同種の建物に同種の工法技術を採用しようとする場合には、おのずから類似の表現を取らざるを得ないという特殊性を有することから、複製判断の対象とされる設計図と原著作物との間で、このような表現方法が共通していたとしても、創作的な表現が再製されたものとして同一性を肯定することはできないというべきである。
また、建築設計図書は、複数の図面から構成されているのが通常であり、本件においても、原告企画書中の建築設計図書は二四枚の図面、原告改良企画書中の建築設計図書は七枚の図面から構成され、被告の建築設計図書は一八枚の図面から構成されているが、著作物性を有するのは設計図書全体であるから、類否の検討に当たっては、一枚の図面の特定部分とそれに対応する部分を比較するのではなく、その部分が建築設計図書全体に果たしている役割を考慮しなければならない。
(二) 被告計画書(乙一)中の建築設計図書と原告企画書(甲二の1)及び原告改良企画書(甲五の1)中の建築設計図書を対比すると、両者の間には、建造物の規模が地上一五階、地下一階であること、敷地南側と西側にL型三連構造の住戸棟を設け、その北側に住戸棟に囲まれる型で六階建の駐車場棟を設けていること、一階をスーパーマーケット店舗部分とし、一階屋上にスーパー来客用駐車場を設けていること、地下一階中央部に駐輪場を設け、その周囲に電気室・機械室・受水槽を設けていること等の共通点があり、建物の基本的形状において類似していることが認められる。そして、前記第二、一の経緯によれば、被告長谷工は、被告設計図書の作成に先立つ平成一〇年六月中旬時点で、原告から原告改良企画書の提供を受けているのであるから、被告らが、被告設計図書を作成するに当たり、原告改良企画書中の建築設計図書を参照した可能性は否定できない。
これに対し、原告企画書中の建築設計図書(甲二の1)は、①二階北東部にオープンスペースを確保し、そこに、八角形状の建物に八角錐型の屋根を付した子供図書館を独立に設け、その周囲をキッズガーデンとして一般に開放する構成を採り、②二階ないし四階の北東部に文化事業ゾーンを設け、二階をカルチャーホール№1(託児所)、三階をカルチャーホール№2(集会所)、四階をカルチャープラザとし、これをドーム屋根で覆う形状としており、これらの図面上の表現は、事業採算性を考慮し、当初の文化事業ゾーンをマンション居住者用施設に変更した原告設計企画書中の建築設計図書(甲五の1)においても、三階及び四階の北東部に独立して設けられ、住居棟と渡り廊下で連結された八角形の付帯施設(二階・キッズホール、四階・集会室)の表現に踏襲されているが、被告計画書中の建築設計図書(乙一)には、低層階部分に住居棟から独立した付帯施設の表現はなく、二階北東部の「プレイロット」「キッズルーム」「プレイゾーン」、三階北東部の「集会室」も、いずれも住居棟又は駐車場棟の一部を利用した設備として表記されており、この点において、原告企画書及び原告改良企画書中の建築設計図書と、被告計画書中の建築設計図書には相違点があるといえる。また、原告企画書中の建築設計図書には、住居棟二階部分にテナントスペースが設けられているのに対し、被告計画書柱の建築設計図書では、右部分が分譲マンションとされており、この点にも相違点が認められる。
被告計画書中の建築設計図書と原告企画書及び原告改良企画書中の建築図書における共通点及び相違点を対比すると、共通点は、いずれも、設計図に内包されたアイデアが、本件土地上に大型スーパーマーケットと中高層住宅の併設建物を建設するという同一の企画に基づくことに由来し、かかる業務施設及び中高層住宅の併設建物を設計する場合に採用せざるを得ない表現方法が共通とするものといえる(なお、アイデアが著作権法による保護の対象とならないことは、前記1冒頭で判示したとおりである。)。これに対し、被告計画書中の建築設計図書と原告企画書及び原告改良企画書中の建築設計図書における相違点、ことに(イ)、原告企画書及び原告改良企画書中の建築設計図書中、二階ないし四階という低層階部分に設けられた独立の付帯施設の表現が、被告計画書中の設計図書には存在しないことは、この部分が、設計図書全般の表現と対比して人目を惹く形状を呈し、全体の印象を大きく左右することに鑑みて、これを無視することはできず、両者を全体的に考察した場合、被告著作物の同一性を変ずる程度に至っているというべきである。
以上によれば、被告事業計画書中の建築設計図書は、原告企画書及び原告改良企画書中の建築設計図書の複製とは認めることができない。
(三) 次に、原告企画書の事業計画書中、事業計画の特徴を文書で表現した部分と被告計画書中の事業計画書と対比すると、事業目的やコンセプトの同一ないし類似性からくる内容(アイデア)の類似性は認められるものの、それぞれの具体的な表現方法においては、構成、叙述の順序、言い回し、用語の選択等で全体的に顕著に相違していることが明らかである。原告が複製の根拠として挙示する点は、単に数値データ、事業計画の考え方ないしコンセプト、機能といったものの同一性、類似性をいうものにすぎず、採用の限りでない。したがって、被告事業計画書中の右記載部分が原告企画書中の事業計画書の複製であるとは認められない。
3 同(三)(被告らは、原告の建築設計図書に従って建築物を建築しているか)について
建築に関する図面に従って建物を建築するした場合、その建築行為は建築設計図の複製ではなく、建築設計図書により表現された建築の著作物の複製となるところ(著作権法二条一項一五号ロ参照)、著作権法にいう「建築の著作物」(同法一〇条一項五号)とは、すべての建築物を対象とするものではなく、美術の著作物と評価され得るような美的創作性を有する建築物を意味するものと解される。原告企画書(甲二の1)及び原告改良企画書(甲五の1)中の建築設計図書により表現された建築物は、本来、大型スーパーマーケット及び中高層マンションの併存建物という実用的な建物であり、右のような意味で、著作権法上保護の対象とされるべき建築の著作物と認め得るか疑問である。しかし、この点を措くとしても、被告らは、本件土地上に建築物を建築するに当たり、被告計画書中の建築設計図面(乙一)のうち、二階北東部に設けられていた「プレイロット」「キッズルーム」「プレイゾーン」及び三階北東部に設けられていた「集会室」を取り止め、新たに、駐車場棟六階(屋上)南西部分に「キッズランド」「キッズルーム」「クラフトルーム」「ホームシアター」「パーティルーム・コミュニティルーム(集会室)」を一体化した共用部分を設けており(乙二)、前記2、(二)のとおり、原告企画書及び原告改良企画書中の建築設計図書中、二階ないし四階に設けられた付帯施設の表現が、建物全体の表現と対比して、人目を惹く形状、意匠を有し、設計図書全体の印象を大きく左右することを考慮すると、被告らが建築している建物が、全体的に考察した場合、原告の設計図書に表現された建物と類似しているとはいえない。
4 以上によれば、被告らが、原告の著作権を侵害したということはできない。
二 争点2(四社間合意)について
証拠(甲八の1、二五、三八、三九)によれば、原告代表者は、平成一〇年六月中旬ころ、多田建設大阪支店長、大和銀行本店不動産部次長、被告長谷工大阪支店不動産営業一課、三課担当者らと会合を持ち、本件土地の分譲申込み及び事業計画を説明したこと、その際、被告長谷工担当者から、共同で事業を進めていきたいとの意向が伝えられ、事業主体としてニチモを紹介する旨の申し出があったことが認められるが、右事実によっては、右四社中、原告を除く三社において、会社の意思決定を行う権限を有する者が、本件土地上の事業について、具体的な事業協力の合意に関する意思表示をしたことを認めるに足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
かえって、原告は、同時期に行われていた西友との出店交渉については逐次打合せ記録簿を残しているのに対し(甲二〇、二一、二四)、四社間の協議については、平成一〇年六月当時の記録が全く残っていないこと、原告は、平成一〇年七月一六日付け抗議書(甲八の1)では、本件訴訟における主張とは異なり、原告、大和銀行、被告長谷工の三社間の合意を主張していたこと、原告代表者及び原告開発事業部主任は、同月二三日、被告長谷工大阪支店担当者らとの話し合いの席で、「紳士協定で、逆に仲間としてね、お互いに一銭も金銭のあれもない状態でやっているというのは、お互いの立場というのが常にあると思うんです」「紳士協定でやっているレベルで」と発言したり、爾後の事業協力に関しても、原告代表者の意思だけでは決められず、府会議員の意向を聞かねばならない旨の発言を繰り返すなど、契約に基づく義務の履行を請求することとは反する言動をしていること(甲二五)を考慮すれば、原告が四社間合意の成立を主張する平成一〇年六月二三日の時点では、原告と被告長谷工、大和銀行、多田建設の協議は、未だ担当者間における交渉の段階にとどまっていたものと推認され、原告代表者本人尋問の結果及び原告の陳述書(甲三八、三九)のうち、四社間合意が成立した旨の供述及び陳述部分は、前記認定事実に照らし採用できない。
三 以上のとおり、原告の被告らに対する請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。
(裁判長裁判官 小松一雄 裁判官 阿多麻子 裁判官 前田郁勝)